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熊本地方裁判所 平成4年(ヨ)233号 決定

甲事件債権者

古閑直子

外一九名

乙事件債権者

中原源二

外八名

右二九名訴訟代理人弁護士

江越和信

三浦宏之

森德和

債務者

九州産業株式会社

右代表者代表取締役

梅木壽實

右訴訟代理人弁護士

由井照二

坂本秀徳

主文

一  (甲事件債権者古閑直子、同藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同井上直之、同松本正行、同寺﨑新一、同藤本毅、同坂本幸雄、同藤本時夫、同徳永義智、同池尻眞弓、同池尻尚光及び乙事件債権者中原源二、同中満申一郎、同原性喜、同古川正人、同池尻和則、同坂本健一、同森本光子、同徳永かし子、同松本陽子の人格権侵害を理由とする申立てに基づき、)

債務者は、埋立予定地内に保有水及び雨水等の埋立地からの浸出を防止することができるしゃ水工を設置しない限り、別紙物件目録(一)記載の各土地上において、産業廃棄物の最終処分場を建設し、使用、操業してはならない。

二  甲事件債権者田中祐司及び同永田周治の人格権侵害を理由とする申立て、甲事件債権者古閑直子の別紙物件目録(二)1記載の土地の所有権侵害を理由とする申立て、甲事件債権者松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本敬治、同井上直之及び同松本正行の灌漑用水の水利権侵害及び別紙物件目録(二)2記載のため池の所有権侵害を理由とする申立て、甲事件債権者藤本完一、同松本キクエ及び同藤本正哉の灌漑用水の水利権侵害を理由とする申立て並びに甲事件債権者池尻尚光及び同坂本正幸の子供に安全良好な環境の下で教育を受けさせる権利を理由とする申立てをいずれも却下する。

三  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

第一  申立て

債務者は、別紙物件目録(一)記載の各土地上において、産業廃棄物の最終処分場を建設し、使用、操業してはならない。

第二  事案の概要

本件は、債務者が別紙物件目録(一)記載の各土地(以下「本件土地」という。)に設置、使用、操業を予定している産業廃棄物最終処分場(以下「本件処分場」という。)の周辺に居住する債権者らが、水質汚染、大気汚染による健康被害等の差し迫った危険を理由とする、生命、健康を維持し、快適な生活を営む権利(人格権)に基づく差止請求権等を被保全権利として、本件処分場の建設及び使用、操業の差止めの仮処分を申し立てた事案である。

第三  当事者の主張

一  被保全権利についての債権者らの主張

1  水質汚染、大気汚染による健康被害、悪臭の発生の差し迫った危険を理由とする、生命、健康を維持し、快適な生活を営む権利(人格権)に基づく差止請求権

(一) 甲事件債権者ら二〇名及び乙事件債権者ら九名は、いずれも生命・健康を維持し、快適な生活を営む権利(人格権)を有する者である。

このうち甲事件債権者古閑直子、同藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同井上直之、同松本正行、同田中祐司、同寺﨑新一、同永田周治、同藤本毅、同坂本幸雄、同藤本時夫、同徳永義智、同池尻眞弓、同池尻尚光の一九名及び乙事件債権者中原源二、同中満申一郎、同原性喜、同古川正人、同池尻和則、同坂本健一、同森本光子、同徳永かし子、同松本陽子の九名、合計二八名はいずれも川辺校区内に居住し、かつ、生活用水として井戸水を使用している者である。

(二) 本件処分場が安定型処分場として使用、操業されることになれば、各種有害物質が大気、表流水、地下水などを通じて人体に吸収されることになり、いったん汚染された場合、直接、生命、健康を損なう危険性が高く、回復し難い被害を被る。

(1) 地下水の汚染

本件処分場から浸透する地下水が各種有害物質によって汚染された場合、甲事件債権者藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同井上直之、同松本正行、同永田周治、同藤本毅、同坂本幸雄、同藤本時夫、同徳永義智、同池尻眞弓、同池尻尚光及び乙事件債権者古川正人、同池尻和則、同坂本健一、同森本光子、同徳永かし子、同松本陽子の利用する生活用水が汚染される危険性が高い。

(2) 浅部地下水の汚染

また、本件処分場から排出される表流水の一部は伏流水として浅部地下水となっており、各種有害物質が本件処分場の排出水とともに放流された場合、甲事件債権者古閑直子、同田中祐司、同寺﨑新一及び乙事件債権者中原源二、同中満申一郎、同原性喜の利用している生活用水が汚染される危険性が高い。

(3) 大気汚染

アスベスト等の有害物質が本件処分場に搬入されるなどして大気中に飛散し、周辺住民は風向きによって、人体に吸収し健康を損なう危険性がある。

(三) 本件処分場に搬入される廃棄物から悪臭が発生し、周辺住民は風向きによってその影響を受ける危険性がある。

2  本件土地に近接する土地の土壌汚染の差し迫った危険を理由とする、土地所有権に基づく差止請求権

(一) 甲事件債権者古閑直子は、本件土地に近接する別紙物件目録(二)1記載の土地を所有する者である。

(二) 本件処分場から有害物質が排出され、大気、表流水、地下水が汚染されることにより、右土地の土壌が汚染される危険性が高く、土地の財産的価値も低下するおそれが高い。

3  水質汚染による農作物汚染の差し迫った危険を理由とする、灌漑用水の水利権に基づく差止請求権

(一) 甲事件債権者藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同井上直之、同松本正行の九名は、いずれもそれぞれの所有する別紙物件目録(二)3ないし25記載の各土地のために、本件土地の下流に位置する同目録(二)2記載のため池(以下「本件ため池」という。)を水源とする灌漑用水を利用している水利権者である。

(二) 本件ため池は、本件処分場の東下流約五〇〇メートルの位置にあり、その水は右九名が所有する田(合計約二ヘクタール)まで用水路を経由して引かれており、水稲を作るに当たっては、不可欠な水となっている。したがって、本件処分場から流出する表流水が各種有害物質で汚染されることになれば、本件ため池の水も有害物質に汚染され、ひいては農作物が汚染され、多大な損害が生じる危険性は大きい。

4  本件処分場のえん堤決壊による、下流に位置するため池の溢水又は堤の決壊の差し迫った危険を理由とする、同ため池の所有権に基づく差止請求権

(一) 甲事件債権者松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本敬治、同井上直之、同松本正行の六名は、本件ため池の所有者である。

(二) 本件ため池には本件処分場等から谷を経由した雨水が流入し、本件ため池自体、灌漑用水池としてのみならず、水害防止のための治水施設としての機能も果たしている。しかし、現状でも大雨の際には本件ため池に大量の水が流れ込み、その堤が決壊する危険をはらんでいるところ、本件処分場建設のために本件予定地内の樹木が伐採されることになれば、本件予定地及びその周辺の土地から下流の谷に大量の雨水が流入し、土砂崩れを惹き起こし、有害物質を含んだ廃棄物を拡散させるのみならず、本件処分場の土砂や廃棄物を下流の本件ため池に流入させて、本件ため池の堤の東下方に隣接する国道四四三号線へ溢水させ、あるいは本件ため池の堤が決壊する危険性が高い。

5  本件処分場の設置、操業に伴う交通事故の多発、騒音の激化、大気汚染による健康被害、悪臭の発生の各差し迫った危険を理由とする、子供に安全で良好な環境の下で教育を受けさせる権利に基づく差止請求権

(一) 甲事件債権者池尻尚光は、自分の子供を山鹿市立川辺小学校に通わせると同時に、同小学校のPTA会長を務める者であり、同坂本正幸は、自分の子供を山鹿市立川辺幼稚園に通わせると同時に、同幼稚園の後援会会長を務める者であり、いずれも安全で良好な環境の下で子供に教育を受けさせる権利を有する。

(二)(1) 地下水、大気汚染による健康被害

川辺小学校に通学する児童、川辺幼稚園に通園する園児は、大人に比べて体の抵抗力の弱い子供たちであり、大気や地下水を通じて吸収する有害物質の影響を強く受けて、健康を損なう危険性は極めて高い。

(2) 交通事故の多発

本件処分場が建設された場合、現在川辺小学校の児童の通学路として利用されている道路が廃棄物の搬入道路として使用されることになる。右通学路の幅員は、狭い所で三メートルしかなく、交通事故の多発する危険性がある。

(3) 通行車両による騒音、振動等

本件処分場へ廃棄物を搬入する車両や建設重機による騒音、振動、通行車両から落下した産業廃棄物による道路の汚染などが予想され、これらによって、現在鳥獣保護区にあって自然に親しんでいる児童、園児らの静ひつ、良好な学習環境が奪われる危険性が高い。

(4) 悪臭の発生

本件処分場に搬入される廃棄物から悪臭が発生し、児童、園児らは、その直撃を受ける。

二  債務者の本案前の主張

1  本件処分場の設置届出は、平成三年一〇月五日改正(平成四年七月四日施行)前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」といい、平成三年改正前の法律を「旧法」、改正後の法律を「新法」という。)に従ってなされたものであるところ、同法一五条一項によれば、産業廃棄物(以下「産廃」という。)処理施設の設置には都道府県知事(以下「知事」という。)への届出が必要とされ、同条二項によれば、当該知事は、当該産廃の最終処分場が一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令(昭和五二年三月一四日総理府・厚生省令第一号。以下「総理府令・厚生省令」という。)で定める技術上の基準に適合していないと認めるときは、その届出を受理した日から六〇日以内に限り、その届出をした者に対し、その届出に係る計画の変更又は廃止を命ずることができるとされている。さらに、同条五項、同法八条三項によれば、右届出をした者は、右期間を経過した後でなければ、その届出に係る処理施設を設置することができないとされている。また、同法一四条一項によれば、産廃の収集、運搬又は処分を業として行おうとする者は、当該業を行おうとする区域を管轄する知事の許可を受けなければならないとされている。このように、旧法下においても、産廃処理業者に係る産廃処理施設の設置、使用、操業には、事実上及び法律上、知事の許可を要することになっていた。

本件申立ては、本件処分場の設置届出に対する熊本県知事(以下「県知事」という。)の変更、廃止命令の考慮期間内である平成四年七月一三日に申し立てられたものであり、また、債務者がいまだ操業許可申請をしていないにもかかわらず、本件処分場の使用、操業禁止の仮処分を申し立てたものである。しかしながら、本件処分場の設置届出に対する県知事の事実上の許可、産廃処理業に対する法律上の許可がなければ、産廃処理施設の設置、操業は許されず、この段階においては、設置、操業の適否は行政が全面的又は第一次的にその判断権限を有するのであり、これに先立って裁判所がこれを審査することはできない。この意味で、債権者らの本件申立ては三権分立の根本原理に反し、訴訟要件を欠いているというべきである。

また、右のとおり、本件処分場の操業許可申請が却下されたり、本件処分場の設置について、届出後に県知事から廃止、変更を命ぜられる場合があり、現時点では、本件処分場の設置(建設工事の着手)や使用、操業が可能かどうかは全く明らかでない。このような状態、時期における本件仮処分の申立ては、いわゆる裁判の成熟性が充たされておらず、司法審査にはなじまないというべきであり、このような未成熟な対象に対する本件仮処分の申立ては訴訟要件を具備せず、却下されるべきである。

2  債権者らは、自己の権利以外の第三者の権利をも本件仮処分申立ての被保全権利として主張しているが、これらの権利に基づく仮処分申立ては、原告適格を欠き、不適法といわざるを得ない。

また、債権者らは、結局のところ、環境権や生活権を被保全権利と主張しているのであり、これらの漠然とした利益をもってしては原告適格を充たすことはできない。

第四  当裁判所の判断

一  本案前の主張について

1  本件処分場の設置届出に対する県知事の変更、廃止命令の考慮期間内の仮処分の申立ては許されないとの主張について

本件処分場の設置届はすでに六〇日の考慮期間を経過し、県知事から変更又は廃止命令もなかったのであるから(審尋の全趣旨)、本件処分場の設置が可能であることは明白になっている。そして、本件処分場の設置計画は、すでに具体的に確定し、変更の予定もないことは明らかであり、債務者はいつでも建設に着手できる状態にある。

したがって、本件仮処分の申立てが成熟性を充たすことは明らかというべきであり、債務者の主張は採用できない。

2  当事者適格について

前記第三において摘示したとおり、債権者らは自らの人格権、所有権及び良好な環境の下で子供に教育を受けさせる権利に基づく差止請求権を被保全権利として本件申立てを行っているものであり、各差止請求権の存在が認められるかはともかく、第三者の権利を被保全権利としているということはできない。しかしながら、良好な環境の下で子供に教育を受けさせる権利については、憲法の規定から債権者ら主張のような権利を構成することは無理であり、他にこれを認めるべき実定法の根拠はなく、その内容は抽象的であって、それを享有し得べき者の範囲を認定し難いこと等に照らし、これを法的権利性を有するものとして承認することはできない。

そうすると、この点について債務者の主張は理由があるというべきであるが、その余の債務者の本案前の主張はいずれも採用することができない。

二  被保全権利の存否について(前提事実)

括弧内掲記の疎明資料及び当事者間に争いのない事実によれば、以下の各事実が一応認められる。

1  本件処分場の概要

(一) 債務者

債務者は、産廃の収集、運搬及び処理請負等を目的とする株式会社であり、債務者所有の本件土地上に産廃の安定型最終処分場の建設、操業を計画し、平成四年六月二五日、山鹿保健所を介して県知事に対し、「産業廃棄物処理施設設置届出書」を提出した者である(疎甲六ないし八、三〇、疎乙一二、一一三、以下、疎甲を単に「甲」と、疎乙を単に「乙」という。)。

(二) 本件処分場の位置

本件処分場は、熊本県山鹿市の北西部に位置し、南側を東から西へ流れる菊池川と東側を北から南へ流れる岩野川に囲まれた丘陵性台地を中心とする川辺校区内にある、山鹿市鍋田字楢山の通称「楢山の谷」の総面積五八八九平方メートルに計画されたものである。本件処分場の予定地(以下「本件予定地」という。)は、川辺校区の中央部にあり、四メートル幅の道路を挟んで山鹿市立川辺小学校、川辺幼稚園と隣接している。

本件予定地は、高い所で標高約八五メートル、低い所で標高約五五メートルの、北東方向に下ったすり鉢状の土地であり、すり鉢の底部から東側が深い谷になっている。谷の北側、西側及び南側は急斜面となっており、高さ十数メートルほどの杉の木が二、三〇メートルの幅で谷を取り囲むように植林され、谷を囲む道路から谷の中を見通すことができないほど外部からは遮へいされている。右杉林の内側には、竹や低木が雑然と密集して生育しており、さらにその内側の谷底の部分には、すすきなどの雑草が生い茂っている。本件谷、特に谷底部分は、ここ十数年にわたり、不毛の荒れ地のまま放置されていた(甲一四一の一ないし四九、一四二、乙一四ないし一八)。

(三) 本件処分場計画の概要

本件処分場の概要は以下のとおりである(乙一一三)。

種類 安定型最終処分場

名称 九州産業鍋田処分場(仮称)

処分場面積 3517.90平方メートル

容積 一万三六八二立方メートル(えん堤部分を含む。)

処理する産廃の種類

廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず、建設廃材(いわゆる安定五品目)

処理方式(埋立方法)

サンドイッチ方式

施設からの排出水の処理方法

沈砂池からオーバーフローさせ、谷間を通って下流の菊池川に流入させる。

工事着工予定年月日

平成四年八月二〇日

使用開始予定年月日

同年一〇月二〇日

埋立完了年月日

平成六年一〇月一九日

(四) 本件処分場の施設及び廃棄物処分の方法(乙一九、一一三)。

本件処分場は、埋立予定地、進入路及び沈砂池から構成される。別紙平面図中央部の青色の排水工で囲まれた黄色の部分が産廃の埋立予定地、その東側(図面では右側)の緑色部分がえん堤であり、茶色の部分が進入路、右側の三角形の青色部分が沈砂池である。

埋立予定地は、現在の地表を約1.3ないし4.2メートル掘り下げ、その際に出た土で現在の地表から高さ約3.5メートルのえん堤を築き、その後、安定五品目を廃棄物の厚さ一メートルごとに厚さ一〇センチメートルの覆土をするサンドイッチ方式で、現地表から1.3ないし3.5メートル(掘り下げた地点からは六メートル)の高さに、えん堤と平らになるまで埋め立てることになっている。

なお、西側進入路入口並びに東側の進入路入口及び沈砂池東側には仮囲いを設け、出入口は施錠できる構造にし、また、西側進入路から埋立予定地への入口には管理棟を設け、一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令(昭和五二年三月一四日総理府・厚生省令第一号)二条一項一号により義務付けられた立札を立てることになっている。

(五) 本件処分場の排水設備(乙一九、二一、一一三)

埋立予定地の周囲には、深さ三〇センチメートル、上部の幅五〇センチメートル、底部の幅三〇センチメートルのコンクリートU字溝による排水工を巡らし、また、埋立予定地内部にも深さ五〇センチメートル、上部の幅五〇センチメートル、底部の幅三〇センチメートルの溝を掘り、その底に直径一五センチメートルの有孔プラスチック管を置き、これを栗石で埋設した暗渠排水を沈砂池に向かって流れるように勾配をつけて肋骨状に設置する。これにより、埋立予定地周辺に降った雨水は排水工を通じて、埋立予定地内に降った雨水は暗渠排水を通ってそれぞれ沈砂池に集められ、そこで混入した土砂等を沈殿させた上、オーバーフローさせて下流の河川へ排水することになっている。

2  埋立予定地内への有害物質投棄の可能性

(一) 本件処分場の設置及び維持管理に関する法的規制等

(1) 債務者は、旧法に基づいて本件処分場の設置手続をなしたことは前示のとおりであるところ、産廃処理施設の設置に関しては旧法の規定が、その後の維持管理については新法の規定がそれぞれ適用され、これらの規定の内容は以下のとおりである(当裁判所に顕著な事実)。

① 廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず、建設廃材の産廃その他これらの産廃に準ずるものとして環境庁長官及び厚生大臣が指定する産廃の埋立処分の用に供される場所で、三〇〇〇平方メートル以上の処分場を設置しようとする者は、知事への届出が必要とされている(旧法一五条一項、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(昭和四六年九月二三日政令第三〇〇号。以下「政令」という。)七条四号ロ、厚生省令一一条)、届出を受けた知事は、産廃処理施設の構造基準(総理府令・厚生省令二条)に適合しているかどうかを調査し、適合していないと認めるときは、その届出を受理したときから六〇日以内に限り、その届出にかかる計画の変更又は廃止を命ずることができる(旧法一五条二項)。

② 構造上問題がなければ、処理施設の設置者は処分場を完成させ、知事に対し産廃処理業等の許可申請(旧法一四条一項、五項、厚生省令九条の二、一〇条の三)をなし、県の確認を受け、事業の用に供する施設及び申請者の能力が技術上の基準(厚生省令一〇条)に適合し、欠格事由に該当しなければ、許可が下りる(旧法一四条二項、六項)。

その後は、管理者が産廃処理施設の維持管理上の技術上の基準(規制一二条の三)に従って維持管理を行っていく(新法一五条五項)。

③ これに対し、知事は、処理施設又は維持管理が前記の技術上の基準に適合していないと認めるときは、必要な改善等を命じ、若しくは期間を定めて当該処理施設の使用の停止を命じることができる(新法一五条の三)。また、知事又は市町村長は、法の施行に必要な限度で、設置者や管理者に対し、処理施設の構造や維持管理に関し必要な報告を求めることができ(新法一八条一項)、その職員に業者の事務所や処理施設のある土地等に立ち入り、処理施設の構造や維持管理に関し検査をさせることができる(新法一九条一項)。

④ 右のような各条項に違反した者に対しては、重い刑罰が規定されている(新法二五条以下)。

なお、熊本県においては、環境公害部廃棄物対策課が「熊本県産業廃棄物指導要綱等の概要」を作成し、平成五年七月から実施しているが、そこでは、最終処分場について、受け入れ廃棄物の分別確認や水質検査の定期的な実施をすることが処理施設の維持管理基準に盛り込まれ、また、マニフェストシステムを徹底すること、立入調査、処分場の水質検査等熊本県が実施した事業者等の監視・指導の結果を取りまとめて公表することなどが盛り込まれ、適正処理を推進することとされている(甲一七一)。

(2) 本件処分場は安定型処分場である(当事者間に争いがない。)。そして、安定型処分場及び管理型処分場、遮断型処分場の各施設の概要及び法的規制は以下のとおりである(乙一、当裁判所に顕著な事実)。

① 安定型処分場とは、廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くず、建設廃材等のいわゆる安定五品目を埋立処分するものであり(政令七条一四号ロ)、構造は単に素堀りの穴に埋め立てて覆土するだけで、法令上も下水汚染対策や浸出水対策は規定されていない。

② これに対し、管理型処分場は、廃油(タールピッチ類に限る。)、紙くず、木くず、繊維くず、動植物性残渣、動物のふん尿、動物の死体及び無害な燃えがら、ばいじん、汚でい、鉱さい並びに政令一条一三号に掲げる廃棄物(一三号廃棄物)を埋立処分するものであり(政令七条一四号ハ)、地下水汚染を防止するために、保有水や雨水等の埋立地からの浸出を防止することができるしゃ水工、保有水等を有効に集めることができる堅固で耐久力を有する管渠その他の集水設備及び、放流水の水質を排水基準に定める総理府令(昭和四六年総理府令第三五号。以下「総理府令」という。)一条に規定する排水基準に適合させることができる浸出液処理施設を設置することが義務付けられている(総理府令・厚生省令二条一項四号)

また、遮断型処分場は、有害な燃えがら、ばいじん、汚でい、鉱さい、一三号廃棄物を埋立処分するものであり(政令七条一四号イ)、一軸圧縮強度二五〇キログラム/平方センチメートルのコンクリート製で、かつ、厚さ一五センチメートル以上のもの等の要件を充たす外周仕切設備が設けられ、埋立地に雨水が入らないように必要な措置を講ずることなど、地下水の汚染を防止する構造を持つことが義務付けられている(総理府令・厚生省令二条一項二号)。

(二) 債務者の主張

(1) 右(一)(1)のとおり、本件処分場の設置及び維持管理については、法により行政の極めて強い指導監督権が発揮されるのが特色であり、今回の法改正では、廃棄物処理業者につき、①許可の更新性の導入、②欠格要件の拡大、③収集運搬業と処分業の区分等の規制強化がなされ、廃棄物処理施設についても、①設置の許可制、②使用前の検査義務、③最終処分場の台帳調整の規制強化がなされ、監督権が強化されている。

(2) 右(一)(2)のとおり、法令が他の型の処分場と異なり、安定型処分場に厳しい規制をかけていないのは、法令自体が安定五品目から有害物質が発生することを予定していないからであり、本件処分場は、安定型処分場として法律を順守し、安定五品目のみを扱うのであるから、有害物質が混入することはない。

また、伝票に産廃の名称、数量、性状等を記載させ、産廃の管理体制を強化し、不適正処理を防止しようとするマニフェストシステムを採用することによって、適正な管理ができる。

(3) 前記のとおり、本件処分場からの排水は、排水工及び暗渠排水を通じて沈砂池に流れ、そこで土砂等を沈殿させた後排出されるが、この沈砂池において、債務者は随時水質検査を行える体制が作れ、県も立入検査等により継続的な水質のチェックができる。また、本件ため池の水質についても、山鹿市が事後的、継続的な水質検査を行うことになっている。さらに、熊本県では、安定型処分場から放流水等を採取し、総理府令に基づき、カドミウム、シアン、有機リン、ひ素等の有害物質の項目と生物化学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)等の生活環境項目について分析検査している。

以上のように、債務者は、産廃処理法等の法令を順守し、許可を受けた安定五品目のみを取り扱い、維持管理上の基準に則って適正に維持管理をしていく上、排水の水質検査も継続的に行っていくのであるから、債権者らが主張するような有害物質の混入の危険性は全くない。

(三) 検討

(1) 安定五品目からの有害物質漏出の可能性

長谷川信夫東北学院大学教授は、安定型処分場においても、①安定五品目の中に他の汚染物質が残存、付着していること、②六時間程度の溶出試験では安全とされた金属も、埋め立てられ、長年処分場内の浸透水にさらされることによって、金属間に電流が流れてイオン化傾向の高い金属は溶出する可能性が高く、また、条件によっては細菌が金属を溶出させる可能性もあり、廃棄物そのものは安定五品目であっても、処分場の周辺環境を汚染させる危険性があることを指摘している(甲八八)。

また、国立環境研究所の有害物対策研究チームの中杉修身は、プラスチックやゴムはそれ自体溶け出すことはないが、その中に含まれているさまざまな添加剤が溶出している可能性は高く、埋立処分場の浸出水からは、フタル酸エステルをはじめ、多くの廃プラスチックの添加剤が検出されていること、多様なプラスチック添加剤が大気、表流水、地下水等から検出されているが、廃棄物処理が主要な侵入源の一つであると考えられること、環境への漏出防止がほとんど行われない安定型処分場に廃プラスチックが埋立処分されれば、プラスチック添加剤などが環境汚染を惹き起こす可能性は高いことを指摘している(甲三四、三五)。

さらに、医療廃棄物のうち注射器の本体、薬品のびん、アンプルなどの非感染性廃棄物は、単にガラスくずや廃プラスチック等として処理されるにすぎず、廃掃法でも特別な処理は要求されていないため、安定型処分場で処理されている。ところが、昭和六二年に東京都内の病院に対して行われた医療廃棄物の処理の実態についてのアンケート調査(発送実数七五三病院、回答数一六〇通、回答率21.25パーセント)では、回答を寄せた病院の17.5パーセントが医療廃棄物を分別していないとの結果が報告されている(甲六一)。

(2) 搬入物質のチェック体制の問題点

債務者が熊本県に提出した本件届出書添付の産業廃棄物埋立処分計画書によれば、債務者は、埋立処分に係る人員として代表取締役、雑役、管理責任者、オペレーターを各一名配置し、うち管理責任者が小型車両係を務め、オペレーターが建設機械の運転をすることとされ、また、埋立機材の種類及びその数はユンボ一台、ブルドーザー一〇トン級一台とされているところであるが(乙一一三、審尋の全趣旨)、搬入された産廃を一か所に下ろして混入物を分別し、有害物質が搬入されていないかチェックした上で埋め立てる体制になっているとはいい難い。

債務者の代表取締役である前田博憲が代表者を勤める九州産廃株式会社が所有する熊本県菊池市の最終処分場においても、分別した処理はされていない(甲六五の一ないし四)。

さらに、安定五品目以外の有害物質が投入されることのないようにするためには、産廃の搬入時におけるチェックが十分でなければならないが、チェック試験、検査をする間、搬入車両は産廃を積載したまま待機させておく必要がある。また、抜き取りチェックが有効であるためには、チェック対象がある程度均質であることが必要であるが、何が混載されて持ち込まれるかあらかじめ予想することは困難である。したがって、搬入時に全品チェックを行わない限り、チェック自体が意味をなさないことになる。

(3) マニフェスト(積み荷目録)システムについて

マニフェストシステムとは、県知事及び熊本市長から許可を受けた収集・運搬業者が、社団法人熊本県産業廃棄物協会から処理伝票を購入し、産廃の名称、数量、性状、処分業者、処分の方法、取扱い上の注意事項、排出事業者から収集・運搬業者、中間処理・最終処分業者等を記載した一組四枚つづりの複写式伝票からなる積み荷目録(マニフェスト)を産廃の流れに組み込み、マニフェストの管理を通じて、産廃が排出事業所から処理業者へ確実に伝達されることを確保し、産廃の不法投棄、不適正処理による環境汚染等を未然に防止しようとする制度である(甲四九、九一、乙二八、二九)。

同システムが適正に実施された場合には、安定型処分場に本来予定されない産廃が投棄される可能性が減少することが期待できるが、しかし、マニフェストシステムによるチェックは、排出事業者、収集・運搬業者、処理業者等関係者に対する心理的規制によって不適正処理を防止しようとするものであるから、処分場に搬入される廃棄物を直接チェックする方法に比べて間接的な方策であることは否定できない。

(4) 他の処分場の実情等

① 熊本県では、安定型処分場から放流水、河川水などの公共水、地下水を採取し、排水基準を定める総理府令に基づき、有害物質の項目(水銀、ひ素、鉛、カドミウム等)と生活環境項目(BOD、COD、鉄等)について分析検査しているが、県内の安定型処分場における県の水質検査では、これまで異常値が出たことはないし、業者自身の行っている水質検査でも異常値が出たことはない(乙一〇八ないし一一〇)。

しかし、債権者ら代理人が、平成四年二月、熊本県下益城郡松橋町萩尾にある九州環境開発株式会社の安定型と管理型の最終処分場から流れ出た水を採取して水質調査を環境計量士に依頼したところ、溶解性マンガンが基準値の約四倍検出され、また、CODも基準値を超えていることが明らかになった(甲三六、五九、六〇の一ないし八)。

また、債権者らが県内のある非感染性医療廃棄物を取り扱う処分場を調査したところでは、処分場の管理者は、処分場内のプレハブの建物内におり、提出された伝票を見るだけで、実際に何が運び込まれているかをチェックしない、搬入業者が指定された場所に無造作に医療廃棄物を入れたビニール袋を上から下方に投棄されているなどの問題点が明らかになっている(甲五八の一ないし五)。

② 仙台市青葉区芋沢にある安定型処分場からの放流水に関して、平成二年一月及び同年六月に行われた水質検査の結果によれば、BOD、CODが公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)九条に基づく水質汚濁に係る環境基準(昭和四六年環境庁告示第五九号)中の「生活環境の保全に関する環境基準」で、利用目的が水道である場合に、高度の浄化操作を行う水道3級(水道利用目的の中では最も基準が緩い。)で定められた基準値(BODの場合は河川の水、CODの場合は湖沼の水について)を大きく上回り、また、廃掃法一二条五号の「人の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定める物質」(政令六条の三第一項、別表第三中九、一〇)、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(昭和四八年法律第一一七号)二条三項の「第二種特定化学物質」であるトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンが検出され、さらに、水道法(昭和三二年法律第一七七号)四条一項、二項、水質基準に関する省令(昭和五三年厚生省令第五六号)が水道により供給される水について定める臭気、濁度、色度の基準を満たさないものであることが明らかになった。しかし、すでに搬入済みの廃棄物の中から汚染物質を特定して除去することは不可能に近いため、汚水処理で対処するほかなく、平成二年秋、処分場の営業を一時停止して浄化槽を設置することとなった(甲三九)。

③ 千葉県君津市川谷の安定型処分場のすぐ下を流れる日出沢川では猛毒物質のシアンやひ素が検出された(甲四九)。

右処分場について平成二年八月六日に行われた千葉地方裁判所木更津支部の検証の際、処分場の任意の四か所を採掘したところ、タール臭様の臭いのする黒い土の塊や黒い廃油様のものが染み込んだスポンジ状のもの等が発掘され、また、調整池の第二集水槽やコルゲートパイプ付近から硫化水素臭様の臭気を発していることが認められた(甲九六)。

④ そのほか、静岡県富士市の安定型処分場、沼津市の安定型処分場、長野県飯山市の安定型処分場について、処分場から出る水が流れ込む川では、例外なくBOD値が極端に高くなっていることが報告されている(甲四九)。

⑤ 熊本県における産廃処理業者の実態

熊本県においては、平成元年三月、産廃処理の適正化を図ることなどを目的に、産廃の収集・運搬業者、中間処理業者、最終処分業者など七四社が参加して、業界団体である社団法人熊本県産業廃棄物協会が設立され、会長には債務者の会長で代表取締役である前田博憲が、副会長には熊本県下で最大大手の九州環境開発株式会社の代表取締役である小早川健太郎がそれぞれ就任した(甲一)。

ところが、平成四年五月二〇日、産廃類約五〇トンを無許可の廃土捨て場に不法投棄していた容疑で、九州環境開発株式会社昭和事業所長ら二名が、同月二六日には同社の代表取締役であり、熊本県産業廃棄物協会の副会長である小早川が逮捕された。また、同社は、平成三年夏には阿蘇郡蘇陽町内に産廃類を不法投棄し、熊本県から原状回復の行政指導を受けていたことも判明している(甲二の一、二)。

以上を総合考慮すると、本件処分場に安定五品目以外の物質が搬入される可能性があり、また、安定五品目から有害物質が漏出する可能性があることは否定できないというべきである。

3  水質汚染の危険性

(一) 債権者らの生活用水、農業用水の現状とその水源

(1) 債権者らの生活用水の利用状況

① 川辺校区は一一の部落からなり、その世帯数及び人口は、平成三年一〇月現在、次のとおりである(甲三一)。

部落名     世帯数  人口

(世帯)  (人)

一区 鍋田    一四   三六

二区 鍋田   二二一  五二五

三区 田園中村  四三  一五一

四区 八幡林   三二  一一〇

五区 六枝・梅迫 一六   五四

六区 上保多田  一四   四三

七区 桑迫    一九   六六

八区 下保多田  一七   七〇

九区 麻生野   三六  一二六

一〇区 椿井    四三  一五五

一一区 西牧   三九  一六五

(合計)  四九四世帯  一五〇一人

このうち、山鹿市の上水道を使用しているのは、鍋田(一区、二区)、八幡林(四区)を中心とした二五六世帯であり、残りの二三八世帯は自宅の井戸又は共同井戸を使用している(甲三二)。

なお、川辺小学校及び川辺幼稚園の水道には、山鹿市の上水道が使用されている(甲一三八)。

② 次の債権者らはいずれも、井戸水を飲料水や洗濯水等として生活に利用しており、甲事件債権者田中祐司を除き、他に代わる水源はない(甲一三八、審尋の全趣旨)。

イ 甲事件債権者ら

(居住部落) (利用している井戸水)

田中祐司 鍋田(一区)

山鹿市の上水道及び宅地内の手堀りの個人井戸

古閑直子 田園中村(三区)

手堀りの個人井戸 (甲一〇八)

寺﨑新一  〃

〃 (甲一一〇)

永田周治 梅迫(五区)

ボーリングの共同井戸

井上直之 上保多田(六区)

自然湧水の共同井戸 (甲一三〇)

松本正行  〃

〃 (甲一三二)

藤本毅  〃

〃 (甲一三五)

坂本幸雄 桑迫(七区)

自然湧水の共同井戸

藤本完一 下保多田(八区)

自然湧水の共同井戸 (甲一一八)

松本九州男  〃

〃 (甲一一九)

松本健治  〃

松本英治  〃

〃 (甲一二〇)

松本キクエ  〃

松本敬治  〃

〃 (甲一二五)

藤本正哉  〃

ボーリングの個人井戸

藤本時夫  〃

自然湧水の個人井戸 (甲一二九)

徳永義智 椿井(一〇区)

ボーリングの個人井戸

池尻眞弓 西牧(一一区)

ボーリングの共同井戸

池尻尚光  〃

ロ 乙事件債権者ら

中原源二 鍋田

ボーリングの個人井戸

中満申一郎 〃

原性喜 〃

古川正人 西牧(一一区)

自然湧水の共同井戸

池尻和則 〃

ボーリングの共同井戸

坂本健一 桑迫(七区)

自然湧水の共同井戸

森本光子 〃

徳永かし子 椿井(一〇区)

ボーリングの個人井戸

松本陽子 〃

自然湧水の個人井戸

(2) 債権者らの農業用水の利用状況

以下の甲事件債権者は、いずれも各人の所有する農地の灌漑用水として、本件予定地の東側約五〇〇メートルの位置にある本件ため池の水を利用している(甲一四〇)。

(債権者)     (所有農地)

松本九州男  物件目録(二)3ないし5

(甲一一の一ないし三)

松本健治   同 6、7

(甲一二の一、二)

松本英治   同 8、9

(甲一三の一、二)

松本敬治   同 10、11

(甲一四の一、二)

井上直之   同 12ないし15

(甲一五の一ないし四)

松本正行   同 16ないし22

(甲一六の一ないし七)

藤本正哉   同 23(甲一七)

藤本完一   同 24(甲一八)

松本キクエ  同 25(甲一九)

(3) 埋立予定地及びその周辺に降った雨水等の流水経路

① 本件予定地の地層構成は、おおむね上から順に次のようになっている。

イ 沖積層(Al)

埋立予定地の地表面を覆っている、約1.3ないし約1.75メートルの厚さの高含水比の粘土層であり、地下水面が本層の上面にあるため、飽和した軟弱地盤を形成している。

ロ Aso3火砕流層溶結凝灰岩(A―3③)

黒色の軟岩状溶結凝灰岩であり、水理的には不透水層であるが、所により開口した割れ目を有する。

ハ Aso3火砕流層溶結凝灰岩(A―3②)

層厚にばらつきがある、黒色の細粒火山灰(シルト)を主とし、礫はスコリア礫・黒よう石が多く、若干の白軽石片を含む、非溶結の砂質火砕流層であり、水理的には難透水ないし不透水層である。

ニ Aso3火砕流層・黄灰色火山灰(A―3①)

A―3②と同じく層厚にばらつきのある地層で、黄褐色ないし灰白色の軽石とその破砕物から成り、スコリア礫(黒)や黒よう石礫を多く混入する。粒度構成がA―3②に比べてやや粗粒であり、また、固結度が低いことから、透水性の高い地下水流動層をなすとみられる。

なお、A―3③ないしA―3①は、本件予定地内に7.7ないし9.7メートルの厚さで存在するが、A―3③は東側のみに存在し、埋立予定地内及び本件予定地中央部には存在しない。

ホ 山鹿層(Y)

本層上面は西から東に緩く傾斜しており、露頭では厚さ約二〇メートルが認められるが、必ずしも連続した地層とはいえない。

岩質は粘土混じり礫層(くさり礫)が主であるが、凝灰質粘土層も礫層か介在する固結した粘土であり、全体では水理的に不透水層をなす。

なお、本件予定地周辺の台地には、A―3層の上部にAso4火砕流層(A―4)と4/3間ローム層(固結粘土の花房層。以下「4/3」層という。)が存在するが、本件処分場のえん堤が築かれる部分が標高約五五メートルであること、右えん堤が高さ約3.5メートルの予定であることからすると、本件処分場の盛土の高さは標高約58.5メートルであり、4/3層の上面(標高五九ないし六一メートル)よりも低くなっており、本件処分場内に降った雨水は、A―4層には影響を及ぼさない(乙一九、二三、二四の添付図面3a〜c、一一七)。

② 本件処分場周辺を構成する台地の地層は、全体としては西側に緩く傾斜し、また、A―3層及びその上部のA―4層は、埋立予定地から南東の菊池川の方向に緩やかに傾斜している(甲一〇〇、乙二四)。

③ 前記のとおり、埋立予定地は現在の地表を1.3ないし4.2メートル掘り下げるものであり、その結果、Al君層はほぼ掘削され、埋立予定地に降った雨水が地下に浸透するか否かは、その下のA―3②、①層にかかわる。そして、前記のとおりA―3②は難透水性ないし不透水性の地層ではあるが、砂質火砕流層であり、また、亀裂が存在し、その割れ目から地下水の浸透があることは否定できないし、A―3①層は透水性の高い地下水流動層であるから、埋立予定地内に降った雨水の一部や埋立予定地の周辺に降った雨水の浸透水の埋立予定地内に集水したものが、暗渠排水によって排水されずに地中へ浸透することは否定できない。

右地下浸透水はA―3層の傾斜に沿って、南ないし南西方向へ流下し、さらに南へ伸びる尾根に沿って本件処分場の南に位置する西牧、南西に位置する上保多田、下保多田の各部落へ流下し、また、本件処分場から西の方向へ伸びる谷に沿って、西側の麻生野、椿井、西牧の各部落へと流下するものと推測される(甲一〇〇、乙一九)。

この点、債務者は、本件処分場においては地下水汚染の危険性はなく、本件処分場からの地下水が汚染されるとしても、債権者らの集落へ流れていく量はごくわずかであって債権者らへの危険性はない旨主張し、それぞれ括弧内掲記の証拠を提出している。

イ 本件処分場の地表面のAl層は高含水比の不透水層であるから、A―3層以下への浸透はあり得ない(乙二四)。

ロ 本件処分場の流域面積は三万一〇〇〇平方メートルであり、地下浸透量を全国平均値の四〇〇ミリメートル/年として計算すると、本件処分場内の浸透水量は一万二四〇〇立方メートル/年であり、これから本件処分場の測定湧水量から計算した七八八四立方メートル/年を差し引くと、本件処分場外に流動する地下水量は四五一六立方メートル/年となる。すなわち、本件処分場内に浸透した地下水のわずか三七パーセントが地下水として本件処分場外に流動することになる。分あたりの流動量に直すと8.6リットル/分である。したがって、本件処分場内のAso3層に浸透した地下水が西方に移動するのは8.6リットル/分の一部であるから、地下水に与える影響はないといってよいほどである(乙一一七)。

ハ また、埋立予定地の周辺に降った雨水等が埋立予定地内に流入することは、考え難い(乙一一七)。

すなわち、埋立予定地の周囲にはコンクリートU字溝を設置することが予定されており、このU字溝の計画流量は0.286立方メートル/秒であるのに対し、埋立予定地の周辺の雨水量は、降雨強度を山鹿地区における五年に一度程度の大雨を想定し、かつ、県の指導で雨水が降ってから排水溝に到達するまでの時間もより厳しくした上で、埋立予定地南西側の斜面約一万二五〇〇平方メートルを流域面積として計算したところ、0.08立方メートル/秒であるから、右U字溝は約3.6倍の流下能力を有することになる。右流域面積を本件処分場流域全体の三万一〇〇〇平方メートルとして計算しても、計画雨水量0.198立方メートル/秒であり、右U字溝の排水し得る流量には十分な余裕がある。

なお、埋立予定地周辺には、何か所かA―4層下部からの湧水が認められ、これらは斜面を流下して埋立予定地の周囲の排水工に流れ込むが、その湧水量はそれぞれ三ないし四リットル/分すなわち0.00005ないし0.000066立方メートル/秒であり、右雨水の量に比べて微々たるものにすぎない。したがって、埋立予定地周辺の法面から流入する雨水が右U字溝によって排水されずに埋立予定地内へ流入することは考え難い(乙二一、二二、二三、一一七、審尋の全趣旨)。

また、本件処分場の盛土の高さは4/3層の上面すなわちA―4層下面よりも低くなっているから、A―4層内に浸透した地下水は4/3層の上面から湧出することになり、直接埋立予定地の盛土内に浸入することは考え難い。

ニ 埋立予定地内から地下へ浸透する水量はごくわずかであり、さらに債権者らの集落へ行く水量は少ない(乙一一八の二)。

すなわち、本件処分場の面積は前記のとおり3517.90平方メートルであるのに対し、本件処分場周辺の標高六〇メートル以上の範囲を湧水や井戸等の地下水をかん養する台地とみると、その面積は約二一五万平方メートルであるから、本件埋立予定地の面積は地下水かん養域全体の約0.164パーセントにすぎない。また、本件予定地内に廃棄された産廃が接触するA―3②層は難透水性ないし不透水性であることを考慮すると、埋立予定地内に降った雨水のうち地下へ浸透する量はそれほど多くはない。そして、この少量の地下水の一部分が台地西方へ移動する可能性をもつ地下水となるから、本件処分場から債権者らの居住する集落の湧水や井戸水に流れて行く量はごく少量にすぎないものである。

しかしながら、債務者の主張の根拠となっている証拠は、前記のとおり、埋立予定地は現在の地表を1.3ないし4.2メートル掘り下げることになっており、その結果、透水性の悪い粘土層で構成されるAl層はほぼ削除されることが考慮されていない。Al層がなくなった結果、本件処分場内の浸透水量の湧水量と本件処分場外に流動する地下水量との関係も変化する可能性を否定することはできず、場合によっては湧水はほとんどなくなり、そのほとんど全部が流動地下水となる可能性も否定できないが、この点についての検討が右証拠では全くなされていない。また、乙第一一七号証に記載されている四〇〇ミリメートル/年という数値は地下浸透量(Rs)として扱われているが、右数値は地下水流出量(Rg)であり、地下浸透量(Rs)ではないし、地下浸透量の全国平均値なるものが存在するかどうか、あるいは意義のある物理量かどうか疑問がある上に、陸水学的には計測を経て求められる物理量ではないとの批判がなされている(甲一七二)。

また、埋立予定地の周囲に設置されることになっているコンクリートU字溝の流水能力からみて埋立予定地周辺の法面から流入する雨水が右U字溝によって排水されずに埋立予定地内へ流入することは考え難いことは債務者の主張するとおりであるが、右主張には埋立予定地周辺に降った雨水が地下へ浸透するか否か、その割合あるいは量について何ら考慮されておらず、地下浸透水が存在する場合には右U字溝はこれを防止することはできない。

さらに、地下水かん養域としての本件処分場の占める割合は約0.164パーセントとごくわずかであるから、埋立予定地内に降った雨水のうち地下へ浸透する量はわずかである上に、債権者らの集落へ流れていく量はその一部である旨の主張は、たしかに本件処分場内の地下水の全体の地下水かん養域の中に占める割合がごく小さいことは、その点における限りは正しいとしても、右地下水が債権者らの方向へ集中的に流れていく可能性は、流水経路が判明していない以上否定できず、その場合には決して少量ということはできない。

以上のとおり、債権者らの集落へ流れていく地下水を汚染する危険性はないとの債務者の主張は採用することができない。

④ 他方、埋立予定地に降った雨水のうち地中へ浸透しないものは、埋立予定地内の暗渠排水によっていったん沈砂池に集められる。

ここからオーバーフローされた排水の大部分は本件ため池に流下することになる。そして、本件ため池に貯留された表流水は、用水路を経て、債権者らが所有する農地に灌漑用水として供給されているから、埋立予定地に降った雨水の排水の一部は、債権者らの農地へも流入する可能性がある。

また、沈砂池からオーバーフローされた排水の一部は、本件ため池への水路に沿って流下するうちに伏流し、浅部地下水となる。その結果、右排水の一部が、本件ため池周辺に位置する鍋田(一区)、田園中村、八幡林の各部落の地下水に混入する可能性は否定し得ない(甲一〇〇、一四〇、乙二三、二四)。

(4) 以上の事実によれば、本件処分場に有害物質が投棄された場合には、次のような影響が考えられる。

① 埋立予定地周辺に降った雨水が埋立予定地内に浸透し、さらに埋立予定地内に降った雨水の一部が地下に浸透することにより、本件処分場の南ないし西側の集落に居住している甲事件債権者井上直之、同松本正行、同藤本毅、同坂本幸雄、同藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同藤本時夫、同徳永義智、同池尻眞弓、同池尻尚光、乙事件債権者古川正人、同池尻和則、同坂本健一、同森本光子、同徳永かし子、同松本陽子が各使用している生活用水が汚染される危険性がある。

なお、甲事件債権者永田周治については、本件処分場の北西に位置し、かつ西側へ伸びる谷よりさらに北側にある梅迫部落に居住しているから、前記認定の地下水の浸透、流動方向に照らすと、埋立予定地内から浸透した地下水の影響が及ぶとは認められない。

② 埋立予定地内に降った雨水のうち、暗渠排水で沈砂池に集められた排水が、オーバーフローして東側の本件ため池方向に流下するうちに地下に浸透し浅部地下水となることにより、本件処分場の東側に居住する甲事件債権者古閑直子、同寺﨑新一、乙事件債権者中原源二、同中満申一郎、同原性喜の使用している生活用水が汚染される危険性がある。

これに対し、甲事件債権者田中祐司については、本件ため池からさらに五〇〇メートル東に居住していること(甲一〇〇の付図2、甲一三八)、前記認定の浅部地下水の流動方向に照らし、本件処分場の排水の影響が及ぶとは認められない。

③ 排水が本件ため池に流下するため、甲事件債権者松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本敬治、同井上直之、同松本正行、同藤本正哉、同藤本完一、同松本キクエが利用している灌漑用水が汚染される危険性がある。

4  大気汚染の危険性

(一) 債権者らの主張

(1) アスベストは、呼吸器から吸入されると、五ないし一〇〇ミクロンの長い繊維は終末気管支に留まって、そこから気管支壁を突き破って侵入し、胸膜下へ移行し蓄積する。そこで食細胞が作用し、数日後には鉄を含むたんぱく質によって覆われたアスベスト小体を形成する。短い繊維は吸入後、痰として排出されるが、一部は食細胞に取り込まれ、肉芽腫の中心となって周辺に繊維化が見られる。口から摂取されたものは、消化管を貫通して腹膜に到達する。これらの結果、アスベスト肺、肺ガン、胸膜・腹膜の悪性中皮腫等の障害を惹起する有害物質である。

また、アスベストの危険性が社会的に認知されたことにより、代替材料として使用されるようになったガラス繊維、ロックウール(岩綿)についても、同様に人体に及ぼす危険性が指摘されている。

(2) アスベスト、ガラス繊維、ロツクウールは建設廃材に塗布されるなどして含まれており、プラスチック添加材と同様、いずれも安定型処分場に搬入される段階でこれを除去することはできない。したがって、本件処分場においていかなる飛散防止対策を採るかが極めて重要となるが、債務者は「即日覆土転圧」の方法を採るとしているのみである。そもそもこの方法が実施されたとしても、飛散を完全に防止することができるわけではないことは明らかであるが、さらに、即日覆土転圧は廃棄物の搬入時間を相当制限することとなり、また、覆土の割合が高くなり、処分する廃棄物の割合が少なくなるなど、現実的にも採算面からも実行は極めて困難といわざるを得ない。

実際、債権者代理人が調査した県内の最終処分場、例えば砥用町の砥用開発の処分場においても、債務者の代表取締役である前田博憲が杜長を務める菊池市にある九州産廃株式会社の処分場においても、即日覆土転圧の処理はなされていない。

したがって、本件処分場が設置されれば、建設廃材に含まれるアスベスト等による大気汚染の危険性がある。

(3) また、アスベストは自動車のブレーキ、クラッチに摩擦材として使用されている。そして、自動車がブレーキをかけ、また、クラッチを使用するたびに摩擦材が摩耗し、細かい粉じんとなって大気中に飛散することになる。したがって、勾配のある処分場への搬入道路を通行する車両の増加によりアスベストの飛散による汚染の危険性も極めて高い。

(4) したがって、債権者ら周辺住民は風向きによって飛散の影響を受けることになる。

(二) 検討

(1) 括弧内掲記の疎明資料によれば、以下の各事実が認められる。

① アスベストは、大気汚染防止法二条五項、同法施行令二条の二に定める特定粉じんとして、大気中の濃度が規制されている(甲一四三)。

また、平成三年の廃掃法の改正により、アスベストは管理型処分場の処理品目とされ、法律上は安定型処分場には搬入されないことになっている(当裁判所に顕著である。)。

② 有害産業廃棄物処理マニュアルによれば、アスベスト廃棄物の埋立処分は、原則として専用の処分地又は広い処分地の内の特定した場所で行い、埋立てに際しては、溝を掘るか、囲いを作ってその中に予めコンクリート固化したものか、袋又は容器に入ったアスベスト廃棄物を破損、散乱しないようにていねいに重機によって堆積していき、その投入を終えたら速やかに土砂、残土等で覆うようにすべきであり、その表面に深さ二メートル以上の覆土を行うことが望まれるとされている(甲一四三)。

③ 国内で消費されるアスベストの約七割は、セメントにアスベストを混ぜたアスベスト・スレート、内装用の板として使用される石綿セメントけい酸カルシウム板などの建造物材料として使用されているが(甲九七)、前記のとおり、安定型処分場に搬入される段階で、建設廃材に塗布されるなどしたアスベスト等を建設廃材から除去することは困難である。

④ 債務者の産業廃棄物埋立処分計画書によれば、飛散流出の防止方法として即日覆土転圧の方法を採るとされ、また、埋立方法は、一メートルの廃棄物に一〇センチメートルの覆土をするものとされている(乙一一三)。しかし、即日覆土転圧するためには、廃棄物を搬入する時間を相当制限する必要がある上、本件処分場の廃棄物取扱量は一日約三〇トンから一〇〇トン程度であるから(審尋の全趣旨)、実際にはある程度の廃棄物が搬入された段階でまとめて覆土するというのが現実的であり、即日覆土転圧が実行されるかは疑問がある。

⑤ 債権者代理人が県内の最終処分場について調査をしたところによれば、下益城郡砥用町の砥用開発の処分場においても、債務者の代表取締役である前田博憲が社長を務める熊本県菊池市の九州産廃株式会社の処分場においても、即日覆土転圧の処理はなされていない(甲六四の一、二、六五の一ないし四)。

⑥ 環境庁や東京都などが行った立地特性別の調査によれば、廃棄物処分場周辺では、内陸山間地域の6.9倍と解体ビル周辺の値に近い高濃度のアスベストが検出されている(甲九七)。

⑦ 本件予定地から債権者らの住居までの距離は、最も近い甲事件債権者古閑直子、同寺﨑新一、乙事件債権者中原源二、同中満申一郎らの住宅までの直線距離で五〇〇メートル以上離れている(甲一〇〇の添付図面、甲一三八、一四二)。

⑧ アスベストは自動車のブレーキ、クラッチに摩擦材としても使用され、自動車がブレーキをかけ、また、クラッチを使用するたびに摩擦材が摩耗し、細かい粉じんとなって大気中に飛散し、大気汚染の原因となる。

右⑥の調査によれば、内陸山間地域に比べ、高速道路や幹線道路の沿道で1.5ないし2倍程度、料金所や交差点の周辺では三ないし四倍の高濃度のアスベストが空気中から検出されている(甲九七)。

もっとも、摩擦材中のアスベストは、使用時に発生する高温の摩擦熱により九九パーセント以上が分解し、繊維状でない他物質に変化するので、実際の自動車走行に伴う大気中へのアスベスト粉じんの飛散の割合はさほど大きくない(甲九七)。

⑨ 右④の本件処分場の一日当たりの取扱予定量は、一〇トントラックで一〇台以下、四トントラックで二五台以下の通行量にすぎない(審尋の全趣旨)。

(2) 判断

右事実によれば、アスベスト等が建設廃材に塗布されるなどして本件処分場に搬入される可能性は否定できないところであり、また、債務者の提出した処分計画どおり即日覆土転圧の処理がなされるかどうかについても疑問があるから、これらの有害物質が大気中に飛散する危険性は否定できない。

しかしながら、前記のとおり、本件処分場は北側、西側及び南側を高さ約三〇メートルの急斜面に囲まれたすり鉢状の谷底に建設が予定され、周囲の急斜面には高さ十数メートルの杉の木が二、三〇メートル幅で本件処分場を取り囲むように生立しているから、処分場の周囲の状況からみて、アスベスト等が大気中に拡散するとしても、周辺地域にどれだけ飛散するものかは明らかでない。前記環境庁、東京都等の立地特性別調査結果は、廃棄物処分場の種類(安定型か、それ以外のものか)や廃棄物処分場と調査地点との距離が明らかでなく、その数値をそのまま本件処分場に採用することはできないというべきである。とりわけ、債権者らの住居とはかなりの距離があることを考慮すると、直ちに債権者らの居住地域に影響が及ぶかは疑問がある。

また、本件処分場の操業により川辺小学校、川辺幼稚園前を通行する車両数が増加することは否定し得ないが、一日当たりの通行車両数は県道四四三号、三一五号を通行する車両数に比べると限られたものであり、自動車走行に伴う大気中へのアスベスト粉じんの飛散の割合はさほど大きくないことを考慮すると、本件処分場への搬入車両の通行により飛散するアスベストはごく微々たるものにすぎないというべきである。

したがって、アスベスト等による大気汚染の危険性については、一応認めるに足りる疎明がないといわざるを得ない。

5  債権者古閑直子所有土地の土壌汚染の危険性

(一)(1) 債権者古閑直子は、別紙物件目録(二)1記載の土地を所有している(甲九、四二、四三、四五、四七)。

なお、この点につき、債務者は、右土地は、昭和二〇年ごろ、債権者古閑直子の祖父古閑辰喜から瀬口智學の父である瀬口七蔵が買い受けたものである。仮に売買の立証ができなくとも、七蔵は昭和二〇年ごろから右土地を占有し始め、その占有を承継した瀬口智學は右土地を時効取得しているから、債権者古閑直子は右土地の所有権を有しない旨主張する。

しかし、右土地の売買については何ら疎明資料がない。また、七蔵が右土地を管理していたことの疎明資料とする乙第一一四号証の一、二は、辰喜が同人所有の三九九番一、同番二の土地の耕作の手伝いや草取りなどをさせていた瀬口進が、三九九番一の土地上の岩石を猿渡続に売り渡す旨の書面にすぎないし、乙第一一五号証の一、二の採石契約書についても、松本千秋が採石していた土地が明らかでない。したがって、七蔵が債権者古閑直子所有土地を採石場として占有管理し、時効取得したことについても疎明がないといわざるを得ない。

(2) 右債権者古閑直子所有土地は、山鹿市鍋田字楢山四〇〇番三の土地をはさんで本件土地の北東側に隣接し、本件処分場の沈砂池から本件ため池への流水経路に近い場所にある(甲一三八、乙一九、一一〇)。

(二) 債権者らは、右土地の土壌は、本件処分場から地下水、表流水、大気などを介して排出される有害物質によって汚染される危険性があり、土地の財産的価値が低下するおそれがある旨主張する。

しかしながら、右土地は長年にわたって使用されていなかったのであり(審尋の全趣旨)、固定資産税の評価額もわずか二八一〇円にすぎないこと(甲四五)に照らすと、仮に本件処分場の有害物質によって汚染される危険性があるとしても、直ちに右土地の財産的価値が低下するとは認められないというべきである。

6  本件処分場のえん堤決壊による本件ため池の溢水又は堤の決壊の危険性

(一) 債権者らの主張

本件予定地の存する谷は、そもそもすり鉢状で廃棄物が容易に流出しやすい形状であるばかりでなく、現在でも大量の降雨があれば本件ため池のえん堤が決壊する危険性がある。また、本件処分場のために本件予定地内の樹木が伐採されることになれば、本件予定地及びその周辺の土地から下方の谷に大量の雨水が流入し、土砂崩れを惹き起こし、有害物質を含んだ廃棄物を拡散させるのみならず、本件処分場の土砂や廃棄物が下流の本件ため池に流入し、その東側に隣接する県道四四三号線へ溢水し、あるいは本件ため池の堤防の決壊を惹き起こす危険性がある。

(二) 検討

(1) 前記のとおり、本件処分場は、中央の埋立予定地部分を約1.3ないし4.2メートル掘り下げて、その際に出た土で高さ約3.5メートルのえん堤を築き、その後、廃棄物をサンドイッチ方式で現地表面から1.3ないし3.5メートルの高さまで、えん堤の上部と平らになるまで埋め立てていくものである。そして、債務者側で土質の地層ブロックも考慮し、円弧すべりの方法でえん堤の斜面の安定解析を行ったところ、計算上、土の自重の他に一平方メートルあたり一トンの加重が余分にかかったことにして余力をもって計算しても、斜面の勾配を一対二にすれば、仮定すべり円のすべての座標軸で安全率が1.0を下回ることはなく、最低でも1.250になるから、計算上、えん堤が土砂崩れによって崩壊する可能性はないとされている(乙二四)。

(2) また、前記のとおり、本件処分場の排水設備は、本件処分場及びその上流に降った雨水を、埋立予定地外周に設置した排水工と埋立予定地内に設置した暗渠排水によって沈砂池に集中させ、沈砂池で混入した土砂等を沈殿させた上、少しずつオーバーフローさせて排出するというものであるが、沈砂池は約一〇八トンの貯水能力を有しており(審尋の全趣旨)、水量調整の機能をも果たすことになる。

(3) しかも、分水嶺を破線で示した流域(水系)平面図によれば、本件ため池の上流にはより大きな複数の谷が存在し、本件処分場の谷の流域面積はそれと比較するとわずかなものであって、本件ため池に流入している水系の一〇分の一程度にすぎない(乙二五)。

右の各事実を総合すれば、本件処分場のえん堤が決壊する危険性は認められないし、また、本件処分場及びその周辺からの土砂や雨水が本件ため池に流入することにより、本件ため池が溢水し、あるいはその堤が決壊する危険性があるとは認められない。

7  悪臭発生の危険性

債権者らは、安定型処分場にも、使い捨て容器に付着した食べ物など安定五品目以外の物が混入する可能性があり、これら有機物は嫌気分解によってメタンガスや悪臭を発生させること、本件処分場においても搬入時のチェックは不可能であるから、排ガス、悪臭対策を採る必要があるが、債務者の採用する即日覆土転圧の方法は現実的には極めて困難で実効性がないことから、悪臭等が発生する危険性があると主張する。

たしかに、松橋の最終処分場に関し、かねてから周辺住民から悪臭に対する苦情が述べられていたが、債権者ら代理人が平成四年二月二二日に調査した際にも煙突様の物から強烈な悪臭が発散されていたこと(甲五九、一〇二)、前記千葉県君津市の産業廃棄物処分場の検証においても、悪臭が確認されていること(甲九六)など、本件処分場において、悪臭等が発生する可能性は否定し得ない。

しかし、仮に悪臭が発生したとしても、本件処分場は谷底にあり、谷の急斜面を厚くぐるりと取り囲んでいる背の高い杉林の大部分を伐採せずにグリーンベルトとして残す計画であること(乙一九)、債権者らの居住地域まで五〇〇メートル以上離れていることに照らすならば、債権者らの居住地域まで悪臭が及ぶとは認め難い。

三  被保全権利の存否について(判断)

以上を前提に、債権者らの主張する各差止請求権の存否について判断する。

1  生命、健康を維持し、快適な生活を営む権利(人格権)に基づく差止請求権

(一)  民法七〇九条は、すべての権利が侵害から保護されることを規定し、同法七一〇条は、右七〇九条で保護される権利には財産権のみならず、身体、自由、名誉が含まれることを規定している。これらの規定は、すべての人が人格を有し、これに基づいて生存し、生活していく上でのさまざまな人格的利益を有することを前提に、民法が単に財産権だけではなく、そのようなさまざまな人格的利益をも保護しようとしていることを宣明しているものである。したがって、人格に基づく、生存し生活していく上でのさまざまな利益の帰属を内容とする権利、すなわち生命、健康を維持し、快適な生活を営む権利(人格権)は、民法の右条項を実定法上の根拠とする具体的権利として認められるというべきである。

そして、このような人格権の重要性にかんがみると、人格権を侵害された者は、物権の場合と同様に、排他性の現れとして、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するために、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、まず、人は、生存していくのに飲用水の確保が不可欠であり、かつ、確保した水が有害物質を含有するようなものであれば、たとえ有害物質の含有量が微量であっても、これを長年にわたって飲用し続けることによって体内に蓄積され、ついには健康を害し、生命・身体の完全を害することは明白である上に、このことは過去の多くの事例が教えるところであるから、人格権としての身体権の一環として、質量共に生存・健康を損なうことのない水を確保する権利があると解される。また、生活用水に当てるべき適切な質量の水を確保てきない場合や、客観的には飲用・生活用水に適した質である水を確保できたとしても、それが一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当としない場合には、不快感等の精神的苦痛を味わうだけでなく、平穏な生活をも営むことができなくなるというべきであるから、人格権の一種としての平穏生活権の一環として、適切な質量の生活用水、一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当とする水を確保する権利があると解される。そして、これらの権利が将来侵害されるべき事態におかれた者、すなわちそのような侵害が生ずる高度の蓋然性のある事態におかれた者は、侵害行為に及ぶ相手方に対して、将来生ずべき侵害行為を予防するため事前に侵害行為の差止めを請求する権利を有するものと解される。

(二)  前記二1ないし3において認定した事実を総合すれば、本件処分場に有害物質が搬入されたり、安定五品目から有害物質が漏出し、これらが埋立予定地内の地下へ浸透することによって地下水汚染が惹き起こされ、また、暗渠排水を経て沈砂池から下流へ流下するうちに地下へ浸透して浅部地下水を汚染する高度の蓋然性が認められる。そして、本件処分場の操業が開始され、いったん本件処分場からの地下浸透水や排水が汚染された場合、事後的にその汚染を除去するのは極めて困難というべきであり、とりわけ地下浸透水については、汚染の除去は事実上不可能というべきである。

したがって、地下水を生活用水として使用し、他に替わるべき水源のない甲事件債権者古閑直子、同藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同井上直之、同松本正行、同寺﨑新一、同藤本毅、同坂本幸雄、同藤本時夫、同徳永義智、同池尻眞弓、同池尻尚光及び乙事件中原源二、同中満申一郎、同原性喜、同古川正人、同池尻和則、同坂本健一、同森本光子、同徳永かし子、同松本陽子については、人格権に基つく差止請求権について被保全権利の存在が一応認められる。

これに対し、甲事件債権者田中祐司及び同永田周治については、地下水汚染の危険性が認められないから、水質汚染による健康等被害の危険を理由とする差止請求権は認められない。

(三) 前記二4において認定したとおり、債権者らが大気汚染により健康を損なう危険性があるとは認められないから、これを理由とする甲事件債権者ら二〇名(坂本正幸を含む。)及び乙事件債権者ら九名の差止請求権は認められない。

また、前記二7において認定したとおり、債権者らに悪臭の被害が及ぶ危険性はないから、これを理由とする差止請求権も認められない。

2  土地所有権に基づく差止請求権

前記二5において認定したとおり、甲事件債権者古閑直子の所有土地が本件処分場に搬入される有害物質によって汚染され、その財産的価値が低下する危険性があるとは認められない。

よって、土地所有権に基づく差止請求権は認められない。

3  灌漑用水の水利権に基づく差止請求権

前記二1ないし3において認定したとおり、甲事件債権者藤本完一、同松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本キクエ、同松本敬治、同藤本正哉、同井上直之、同松本正行の九名が利用している灌漑用水は、本件処分場からの排出水が有害物質で汚染されることにより汚染される危険性がある。

しかしながら、前記二6(二)(3)で認定したとおり、本件ため池に流入する表流水のうち、本件処分場からの排出水が占める割合は一〇分の一程度にすぎないこと、しかも、有害物質は灌漑用水を通じて農作物に吸収され、さらに農作物を食することによって初めて体内に入るものであって、債権者らが生活用水として日常的に直接飲用するのと異なり、摂取する経路が間接的である上に、その量もごくわずかであるから、その危険性も小さく、一般通常人の感覚からみてもその嫌悪感には顕著な差異があるとみるのが相当であることを考慮すると、事前に差止めを求める権利を認めることはできないというべきである。

4  本件ため池の所有権に基づく差止請求権

前記二6において認定したとおり、本件ため池の溢水又は堤の決壊の危険性は認められないから、その所有権に基づく甲事件債権者松本九州男、同松本健治、同松本英治、同松本敬治、同井上直之、同松本正行の差止請求権は認められない。

四  保全の必要性について

債務者は、①量が増大する産業廃棄物に対して最終処分場の残余容量は逼迫しており、最終処分場が確保できないことが産業廃棄物の不法投棄や不適正処理につながることも懸念されること、②本件処分場の埋立完了後は跡地を自治体に無償提供することになっており、本件処分場の建設は、地域振興、地域開発を望む地元住民に応えることになることを本件処分場の必要性として主張する。そして、右①の必要性は、疎明資料(乙一、三なしい八)及び審尋の全趣旨によって認められるところである。

しかしながら、本件処分場の建設、操業によって、債権者らの生存に不可欠な水が汚染されることは高度の蓋然性をもって予想されること、いったん操業により侵害が生じた後、汚染を除去することは極めて困難であることは、前示のとおりである。

そこで、債権者らに将来生ずべき侵害を予防しつつ、最終処分場建設の必要性を満たすために、本件処分場については、管理型処分場と同様に、埋立予定地内に保有水及び雨水等の埋立地からの浸出を防止することができるしゃ水工を設けることを条件として、本件処分場の建設、操業を認めるのが相当というべきである。

五  結論

以上のとおり、債権者らの本件申立ては、右の限度で理由があるから、事案に照らして担保を立てさせないで、主文第一項のとおり認容し、その余の債権者らについては理由がないから却下することとし、申立費用の負担につき、民事保全法七条、民訴法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官江藤正也 裁判官秋吉仁美 裁判官大藪和男)

別紙物件目録〈省略〉

図面〈省略〉

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